細胞版 船頭多くして船,山に登る
ヘテロなコロニーの細胞遊走挙動
前回の論文と同様,この論文でも細胞集団(コロニー)全体の移動(集団遊走(Collective migration))を取り扱っている。腫瘍細胞は一般的に上皮系細胞という種類の細胞であるが,腫瘍の悪性化などによって,上皮系細胞から間葉系細胞に性質が変わることがある。この変化を上皮間葉転換(EMT)と呼び,EMTによって細胞は高い移動性を獲得する。
ここでは腫瘍細胞のコロニーの内部で一部の細胞がEMTを起こし,移動性の高い間葉系細胞と,移動性の低い元の上皮系細胞が入り混じったヘテロな細胞集団が,コロニー全体としてはどのように移動するのかを探った。
ここではTGFβという増殖因子の投与によってEMTを引き起こした細胞を様々な比率で混合した細胞コロニーを作成し,個々の細胞がどのように移動するかをトラッキングした。コロニーは一方向に配向させたナノファイバーシートの上で培養した。このナノファイバーシートは,生体環境中の高配向細胞外マトリクスを模倣している。(下図)
上皮系細胞のなかに間葉系細胞がいるとどうなる?
上皮系細胞(下図で示す青い細胞)の場合,コロニー全体はあまり動かない(下図の最上段)。これはよく知られた現象である。
一方,間葉系細胞(赤い細胞)から成るコロニーの場合,細胞の移動性は高く,コロニー全体も動きやすい(下図の最下段)。コロニー全体も広がっていくことがわかった。この結果も直観的に理解できる。
ここで間葉系細胞と上皮系細胞が混在する場合,興味深いことにコロニー全体の運動性が高くなった(下図の中段)。間葉系細胞の位置を見ると,コロニーを先導するように遊走しており,さながらリーダーのようにコロニー全体を牽引するように動く。
船頭多くして,船,山に登る
つまり,運動したがらないようなおとなしい細胞(上皮系細胞)だとコロニーが動かないのはもちろんのことだが,あちこちに運動したがるようなアクティブな細胞(間葉系細胞)ばかりでも収拾がつかず,集団全体としての運動性は低下するということである。
いわば「船頭多くして船,山に登る」。
英語でも「Too many cooks spoil the broth」(料理人が多いとスープが不味くなる)という。
逆に適切な数のリーダー細胞が細胞運動を先導する。細胞の世界も人間社会と同じかもしれない。