完全バイオマス由来の海洋分解性ナノファイバー
海洋分解性ポリマー:PHBH
昨今なにかと話題になるのはSDGs(持続可能な開発目標)であるが,ここでも取り沙汰されている,繊維材料やポリマーの微粉末(マイクロプラスチック)が海洋を汚染しているという問題は,高分子・繊維材料の研究者としてはやはり避けて通れない。
生体分解性材料はこれまでにも多く報告されているが,代表的な生分解性材料であるポリ乳酸は残念ながら海水中ではほとんど分解されない。またその製造も化学合成であった。
これに対してポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は微生物が産生するポリマーであり,海洋分解性も示すことから,次世代環境材料として大きな期待が寄せられている。
筆者らの研究グループでもPHAの一種である,ポリ(3-ヒドロキシ酪酸-3-ヒドロキシヘキサン酸)(PHBH)に着目し,エレクトロスピニングによりナノファイバー化し,その材料側面の研究もすすめてきた。
PHBHナノファイバーは,微生物由来であり海洋分解性も高いという,環境材料としてなにものにも代えがたいすぐれた特性を持っている材料ではあるが,いかんせん機械的強度に欠けるという弱点があった。
セルロースナノファイバーによる補強
ここで着目したのがセルロースナノファイバー(CNF)である。
CNFは木材やパルプなどを微細粉末化した材料で,非常に細い繊維である。直立する植物を見てわかる通り,セルロースは非常に高い機械的強度を示す。微細化したとはいえCNFも非常に丈夫な材料である。これをPHBHのナノファイバーに練り込むことで,機械的強度を飛躍的に向上させることができる。
そのうえ,セルロースもバイオマス由来,もちろん海洋中で分解する。したがってCNFを複合化したPHBHファイバーも,完全バイオマス由来,かつ海洋分解性となる。
PHBHはポリエステルの一種なので疎水性である。これに対してセルロースは親水性であるため,PHBHとCNFをうまく混ぜることは難しかった。この研究では微細粒子であるCNFで安定化されたPHBHのエマルション(ピッカリングエマルション)を作成し,エレクトロスピニングをおこなうことで,首尾よくCNFが複合化されたPHBHナノファイバーを得ることに成功した。
越前松島水族館のご協力のもと,海水中に浸漬したところ,このナノファイバーは10日ほどで完全に分解し,高い海洋分解性を示した。